養生訓 第二章

貝原益軒

心を養う

まずは心の養生

養生の術は先心気を養うべし。心を和にし、気を平らかにし、怒りと欲望をおさへ、うれひ、思い、をすくなくし心を苦しめず、気をそくなはず。是気心を養ふ要道なり。
養生の四寡(4つのすくなくすべきこと)
おもひをすくなくして神を養ひ、欲をすくなくして精を養ひ、飲食をすくなくして胃を養ひ、言をすくなくして気を養ふべし。是養生の四寡なり。

※ 今の世の中では、養生とは「心・気」を養う事と、ストレス解消に努めること。その為には前向きに生きる事、いつも姿勢を正しくして、思考を前向きで考え生きる事。

心を守る

養生の術、まず心法をよくつつしみ守らざれば、行はれがたし。心を静かにさはがしからず。いかりをおさえ、欲をすくなくして、つねに楽んでうれへず。是養生の術にて、心を守る道也。心法を守らざれば、養生の術は行はれず。故に心を養ひ身を養ふ工夫二つなし、一術なり。
心は身体の主
心は身の主也。しずかにして安からしむべし。身は心のやっこ也。うごかして労せしむべし。心安くしずかなれば、天君ゆたかに、くるしみなくして楽しむ。身うごきて労すれば、飲食滞(とどこお)らず。血気巡りて病なし。

心はいつも(和楽)

常に元気を減らすことをおしみて、言語を少なくし、7情(喜怒哀楽愛悪欲)のうちにて取りわき、いかり、かなしみ、うれひ思いをすくなくすべし。欲を押さえ心を平らにし気を和(やわらか)にしてあらくせず。しずかにしてさわがしからず、心は常に和楽なるべし。憂ひ苦しむべからず。是皆、内慾をこらえて元気を養う道也。また、風寒暑湿の外邪を防ぎてやぶられず。此内外の数の慎みは、養生の大なる条目なり。

元気を保つ方法

生を養ふ道は、元気を保つを本とす。元気を保つ道二つ有り。まづ元気を害する物を去り、又、元気を養ふべし。元気を害する物は内慾と外邪となり。すでに元気を害するものをさらば、飲食・動情に心を用いて元気を養ふべし。たとへば田を作るが如し。まづ苗を害するはぐさ去って後、苗に水を注ぎ肥をして養ふ。養生も亦かくのごとし。まづ害を去りて後、良く養うし。たてぇば悪をも去りて善を行ふがごくなるべし。気をそこなふ事なくして、養ふ事を多くす。是養生の要也。つとめ行ふべし。

人生の楽しみ

およそ人の楽しむべき事三つ有り。一つには身に道を行ひ、ひが事無くして善を楽しむにあり。二つには身に病なくして、快く楽しむに有り。三つには命ながくして、久しく楽しむに有り。富貴にしてもこの楽しみなければ、まことの楽しみなし。故に富貴は此の三楽の内に有らず。もし心に善を楽しまず、又養生の道を知らずして、身に病多く、そのはては短命なる人は、この三楽を得る計なくんばあるべからず。此の三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも、益なかるべし。

楽しみながら養生する

聖人ややもすれば楽しみをときたまふ。我が愚を以聖心推し量りがたといえども、楽しみは是人のむまれ付たる天地の生理也。楽しまずして天地の道理に背くべからず。常に道を以欲を制して楽を失ふべからず。楽を失なはざるは養生の本也。

心は楽しみ、身体は動かす

心は楽しむべし、苦しむべからず。身は労すべし、安め過ごすべからず。凡そ我が身を愛し過すべからず。美味を食い過ごし、芳醞をのみすごし、色を好み、身を安逸にして、怠り臥すことを好む。皆是、我が身を愛し過ぎる故に、かへって我が身の害となす。又、無病の人、補薬を妄りに多く飲んで病となるも、身を愛し過すなり。子を愛し過して、子の災いなるが如し

徳を養い、身を養う

心を平らにし、気を和やかにして、言葉を少なくし、しづかにす。是徳を養い身を養う。其の道一なり。多言なると心騒がしくなり気あらきとは、徳を損ない、身をそこなう。其の害一なり。

お金を使わずに楽しむ

独り家にいて、閑かに日を送り、古書を読み、古人の詩歌を吟じ、香をたき、古法帖を持って玩び、山水をのぞみ、月花を愛で、草木愛し、四時の好景を玩び、酒を微酔にのみ園菜を煮るも、皆是心を楽しめ、気を養う助けなり貧賤の人も此の楽しみ常に得やすし。もしよく此の楽しみを知れられば、富貴にして楽しみを知らざる人に勝るべし。

心静かに、穏やかに

心を静かにして騒がしくせず、緩やかにして迫らず気を和にしてあらくせず。言葉を少なくして声を高くせず。高く笑わず常に心喜ばしめて、みだりに怒らず、悲しみを少なくし、還らざる事を悔やまず、過ちあらば、一たびは我が身を悔いてせめて二度悔やまず、只天命を安んじて憂えず。是心気を養う道なり、養生の士、かくの如く成るべし。

「怒り」と「欲」を抑える

七情は「喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲」也。医家にては「喜・怒・憂・思・悲・恐・驚」と言う。又、六慾あり、「耳・目・口・鼻・身・意」の慾也。七情の内、怒と慾の二、尤も徳を破り、性をそこなふ。怒りを懲らしめ欲を塞ぐは易の戒めなり。怒りは陽に属す。火の燃ゆるが如し、人の心を乱し、元氣をそこなうは怒り也。抑えて忍ぶべし慾は陰に属す。水の深きが如し。人の心をおぼらし、元氣を減らすは慾なり。思いて塞ぐべし。

「詩歌」と「舞踏」は養生の道

古人は詠歌・舞踏して勝脈を養う。詠歌は歌うなり。舞踏は手のまひ足の踏むなり。皆心を和らげ、身を動かし、身を巡らし、体を養う。養生の道なり、今導引・按摩して気を巡らす如し。

南向きの明るい場所で過ごす

常に居るところは南に向かひ、戸に近く、明なるべし。陰鬱にして暗きところに、常に居るべからず、気を塞ぐ。又輝き過たる陽明の処も、常に居ては精神を奪う。陰陽の中にかなひ、明暗相反すべし。甚だ明るければ簾を下ろし、暗ければ簾をかかぐべし

部屋も器も素朴に清潔に

常にいる室も、常に用いる器も飾り無く質朴にして、けがれなくいざぎよかるべし。居室は風寒を防ぎ、身をおくに安からしむべし。器は用をかなへて、事かけざれば事たりぬ。華美を好めば癖となり、おごりむさぼりの心おこりて、心を苦しめ、事多くなる。養生の道害あり。座するところ、臥すところ、少しもすき間あら場塞ぐべし。すき間の風と、吹き通す風、人の肌えに通りやすくして病おこる。おそるべし。夜臥して耳辺に風の来る穴あらば、ふさぐべし。