養生訓 第三章

貝原益軒

体を養う

人の体は氣で出来ている

人の身は、「氣」を以て生の源、命の主とす。故に養生よくする人は、常に元氣を惜みてへらさず。静にしては元氣を保ち、うごいては元氣をめぐらす。保つと巡らすと二つの者をそなわらざれば、氣を養ひがたし。動静州の時を失わず。是氣を養う道なり。

百病は氣から

素問に「怒れば氣は上がる。喜べば氣緩まる。悲しめば氣消ゆ。恐るれば氣めぐらず。寒ければ氣とづ。暑ければ氣泄(も)る。驚けば氣乱れる。労すれば氣へる。思へば氣結(むすぼお)る」といへり、百病は皆氣よりより生ず。病とは氣をやむ也。故に養生の道は氣を調るにあり。調るは氣を和らぎ、平らにする也。凡そ氣を養う道は、氣をへらさざると、ふさがらざるにあり。氣を和らげ、平らにすれば、此の二つの憂いなし。

呼吸は人の生氣

呼吸は、人の鼻より常に出入る息也。呼は出る息也。内気を吐く也。吸うは入る息也。外氣を吸う也。呼吸は人の生気也。呼吸なければ死す。人の腹の氣は天地の氣同じくして、内外相通ず。人の天地の氣の中にあるは、魚の水中にあるが如し。魚の腹中の水も外の水と出入りして、同じ。人の腹中の氣も天地の気と同じ。されど腹中の氣は臓腑にありて、ふるくけがる。天地の氣は新しくて清し。時々鼻より外氣を多く吸入るべし。吸入ところの氣、腹中に多くたまりたる時、口中より少しづつ静かに吐き出すべし。粗く早く吐き出すべからず。是古くけがれたる氣を吐き出して、新しき清き氣を吸入る也。新しきとふるきとかうる也。是を行う時、身を正しく仰ぎ、足を延べ婦子。目を塞ぎ、手を握り固め、両足の間、去る事五寸、両肘と体の間も、相去る事おのおの五寸なるべし。一日一夜の間、一両度行うべし。久しくしてしるしを見るべし。氣を安和にして行うべし。

丹田呼吸法で氣を養う

臍下(さいか)三寸を丹田と云う。「腎間の動氣」ここにあり。難経(なんぎょう)に、「臍下腎間の動氣は人の生命也。十二経絡の根本也」といえり。是人身の命根のある所也。養氣の術常に腰を正しく据ゑ、眞氣を丹田に収めあつめ、呼吸を鎮めて粗くせず、事に能っては、胸中より微氣をしばしば口に吐き出して、胸中に氣を集めずして、丹田に氣をあつむべし。此の如くすれば氣上らず、胸騒がずして身に力あり。

体を動かし、氣をめぐらす

養生の術は、務べき事をよくつとめて、身をうごかし、氣をめぐらすをよしとす。務べき事を務めずして臥すことを好み、身をやすめ、怠りて動かさざるは、甚だ養生に害あり、久しく安座し、身を動かざれば、元氣めぐらず、食氣をとどこおりて病おこる。ことに臥すことを好み、寝ぶり多きを忌む。食後には必ず数百歩歩行し、氣をめぐらし、食を消すべし、眠り臥すべからず。

ほどほどの酒は益あり

酒は天の美禄なり、少し飲めば陽氣を助け、血氣を和らげ、食氣をめぐらし、愁いを去り、興(きょう)を発して、甚だ人に益あり、多く飲めば、又よく人を害すること、酒に過ぎたる物なし。水火の人を助けて、又人に災いあるが如し、邵尭夫の詩に「美食を飲みて微酔せしめて後」と言えるは酒を飲む妙を得たりと、時珍いえり。少しのみ、少し酔えるは、酒の災いなく、酒中の趣を得て楽しみ多し。人の病、酒に酔って得る物多し。酒を多く飲んで、飯を少なく食う人は命短し。かくの如く多く飲めば、天の美禄を以て、却て身を滅ぼす也。悲しむべし。

胃腸が好む者がよい

脾胃の好むと、嫌う物を知りて、好む物を食し、嫌う物を食するべからず。脾胃の好む物はなんぞや。温かなるもの、軟らかなる物よく熟したる物、粘りなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香りよき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、是皆、脾胃の好む物なり、是、脾胃の養となる。くらうべし。

味は薄めにする

凡(すべて)の食、淡薄なる物を好むべし。肥濃・肥膩(ひに)の物多く食(くら)うべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。温物、只一つに宜し。肉も一品なるべし。飣(さい)は一、二品に止まるべし。肉を二かさぬべからず。又、肉を多く食うべからず。生肉をつづけて食うべからず。滞りやすし。羮に肉あらば、飣には肉なきがよろしい。

腹八分目でやめる

珍味の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に満は後の災いあり。少しの間、欲をこらゆれば、後の災いなし。少しのみ食いて味のよきをしれば、多くのみ食いて飽き満ちたるに其楽しみ同じく、且つ、後の災い無し。万(よろず)のみ食いて味の良きを知れ、多く飲み食いて飽き、満ちたるに其の楽同じく、且つその後の災い無し。万に事十分にいたれば、必ず災いとなる。飲食尤も満意をいむべし。また、初めに慎めば必ず後の災いなし。

バランスのよい食事をする

五味偏勝とは一味を多く食過すを云う。甘き物多ければ、腹張り痛む。辛き物過ぎれば、氣上がりて氣減り、瘡を生じ、目悪しし。鹹(からい)き物多ければ血はかわき、のど渇き、湯水多く飲めば湿を生じ、脾胃を破る、苦き物多ければ脾胃の生気を損ず。酸(す)き物多ければ氣ちぢまる。五味をそなえて少しづつ食えば病生ぜず。諸肉も諸菜も同じ物をつづけて食すれば、滞りて害あり。

深夜に食事はとらない

夜食する人は、暮れて後、早く食すべし。深夜にいたり、食すべからず。酒食の氣よくめぐり、消化して後、臥すべし。消化せざる内に早く臥せば病となる。夜食せざる人も、晩食の後、早く臥すべからず。早く臥せば食氣を滞り病となる。凡そ夜は身を動かす時に非ず。飲食の養を用いず。少し飢えても害なし。もしやむ事を得ずして夜食すとも、早くして少なきに宜しい。夜酒は飲むべからず。もし飲むとも、早くして飲むべし。
好物も多食は禁物
好ける物は脾胃の好むも所なれば補いとなる。李笠翁(りりゅおう)本姓はなはだすける物は、薬にあつべしといえり。尤も此の理あり。されどすけるままに多食すれば、必ずややぶられ、好まざる物を少し食らうにおとる。好む物を少し食はば益あるべし。

色慾はつつしむべし

男女交接の期は孫子邈(そんしぱく)が千金方曰く。「人、年二十の者は四日に一たび泄す。三十の者は八日一たび泄す。四十の者は十六日に一泄す。五十の者は二十日に一たび泄す。六十の者は精を閉じて泄さず。もし体力盛んならば一月に一たび泄す。気力に優れて盛んなる人、慾念を押さえ、こらえて、久しく泄さざれば、腫れ物を生ず。六十を過ぎて慾念をおこらずば、閉じて泄すべからず。若く盛んなる人も、もしよく忍んで、「一月に二度泄して、慾念おこらずば長生なるべし」今案ずるに、千金方にいえるは、平人の大法なり。もし生まれつき虚弱の人、食少なく力弱い人は、この期にかかわらず、精気をおしみて交接まれなるべし。色慾の方に心うつれば、悪しきことくせになりてやまず。法外のありさま、恥べし、ついに身を失うにいたる、慎むべし。

医師を選ぶには

保養の道は、自ら病を慎むのみならず、又、医をよく選ぶべし。天下に代え難き父母の身、我が身を以て庸医の手にゆだぬるはあやうし。医の良拙を知らずして父母子孫病する時に、庸医にゆだぬるは、不幸不慈に比す。親につかうる者も、亦医 をしらずんばあるべからず、と言える程子の言、むべなり。我が身医療に達せずとも、医術の大意をしれらば、胃の好否しるべし。例えば書画を能くせざれ人も筆法ならいしれば、書画の巧拙を知るがごとし。